救済のメソッド



「守りたかった、でも、守れなかった。ごめんね、私の――」

 最後の星を見下ろして、第二十五代、そして令梟最後の女王は涙ながらに呟いた。瞬間、星が膨張し始める。

「陛下、限界です! 早く離脱を!」

 甲高いアラートが鳴り響く管制室で、眼鏡の研究員が涙交じりの怒号を上げる。彼の警告を無視して、女王は崩壊の光に向かって身を投げた。

「私も、一緒に……」
「そうはさせねぇ!」

 純白のペガサスに乗った青年が、空間を切り裂いて現れる。

「ユエ!? それに、皆も。どうして……!」
「話は後だ! ほら!」

 九人の守護聖達が、彼女に向かって手を伸ばす。

「生きて帰るぞ! 全員でだ! 俺達には、まだ、使命があるんだ!」

 伸ばした手が繋がって暖かな光の環になった。二つの閃光が衝突して――。
 スクリーンが白飛びするほどの眩しさに、私は思わず両手で目を覆った。

 大団円のエンディングを迎え、スタッフロールが流れる。『原作・原案・脚本』に見知った名前が出現した瞬間、たった三人だけの観客は揃って大きなため息を吐く。

「……凄かったわね。サイラスの小説家デビューにも驚いたけど、映画化だなんて」

 隣を歩くシュリは、早速土産として押し付けられた原作小説全三巻を手繰っている。

「ニンジャはゴクドーとかいうのより強いのか?」
「え、忍者? ああ、ジルさんね。忍者は……説明難しいな。今度漫画貸すから読んで」
「強さの単純比較は難しいわね。でもシュリの長ドスも和装も似合ってましたよ」
「あんな細い剣よりも斧のほうが強いだろう」

 文句を言いつつも満更ではないらしい。小説の挿絵に描かれた炎の守護聖――日本刀を携えた着流しの男を眺め、シュリがひっそりと口元を緩めた。

「いいじゃん、二人ともカッコよかったし。あとさ~ミランさんが本人役で出るってずるくない? 『理想のミラン様すぎて、アテ書きしたんだっけ、と自分を疑いました(原作者 サイラス先生)』だって」
「白々しい。そういえば、なんでフェリクスが女になってたんだ」
「実写化に良くある事故ですね。エンタメ性を増すために、登場人物を女性にして恋愛要素を入れ込む手法は、昔から横行しています」

 無理な原作改変に泣かされた作品は枚挙に暇がない。作者やファンの無念を思うと怒りと涙がこみ上げる。

「なるほど、作劇上の都合……というやつか」
「でもあの女優さん、フェリクスさんっぽい雰囲気あったよね。ミランさん、びっくりしただろうな」

 カナタが私の広げたパンフレットを覗き込んで言う。お土産のポップコーンが満載された袋ががさりと音を立てて、バターとキャラメルの香りが鼻をくすぐる。
 あのストーリーに恋愛要素が必要かと問われると疑問は残るが、なにせ美を司る夢の守護聖役だ。神鳥ではオリヴィエ様の印象も相まって、性別を超越した存在として崇拝されることも多いという。

「私は、下手に男性俳優が演じるよりも、男装の麗人にしたのは正解だったと思うわ」
「まーそうだけど。本人が見たら何て言うか……あ、ごめん……」

 仲間の死と、その死に様は、衝撃的なものだった。みんな、必死に消化しようと――覚悟を決めようと努めている。その中でも、初めて近しい人の死を経験したカナタの落ち込みは酷いものだった。時間をかけてゆっくりと受け入れようとしていたところに、ノアの訃報が舞い込んでから、そう日は経っていない。彼の傷は、まだ、癒えていない。

「演劇や舞台がお好きな方だったものね。感想を聞いてみたかったわ」
「ははっ、ボロクソ言ってそう」

 明るく答えた私の気遣いを感じ取ったのか、カナタも笑った。そんな空気を遮るように、シュリがカナタの肩を無遠慮に叩いた。

「もう一つ。バースでは、登場人物がロボになることもよくあるのか?」
「致命傷を負った人間が機械人間にされるというのは定番でして……。アンドロイドを嫌っていたのに、自分こそがロボだと気付いてしまうシーンはお約束だけど、正直泣けたわ」
「わかる! 最後の爆発からアンジュを庇うところでさ、ゼノの装甲が剥がれて目からオイルが伝うの良かったよな~」

 あれは名作アニメの劇場版のパ……オマージュだったわね、と言おうとしたが、その作品の公開当時、カナタは生まれてすらいないことに気付いて、「そうね」と同意するだけに留める。

「あ~あ。皆見せ場あっていいよな~。オレなんて何の特殊能力もなくて引きこもったりオロオロするだけだったんだけど」

 観客に感情移入させるための「巻き込まれ役」、つまり主人公格の扱いだったが、当の本人は不満気だ。高校生らしい青臭さが爽やかで、良かったと思うのだけれど。

「名もなきモブ扱いだったタイラーよりはマシだろう」

 フォローになってないフォローに、カナタは「まあね……」と力なく同意した。


 せっかくだしゼノのところに行ってくる、というカナタを見送ってから、シュリを誘って探偵事務所ご用達のバーに向かった。

「私、決めました」

 華奢なカクテルグラスを握りこんだ指先が白くなっている。思ったよりも、自分はイラついていたらしい。何をだ、とシュリの返事を待たずに口が勝手に動き出す。

「歴史って、大事だと思うんです。私たちは忙しさにかまけてそれを疎かにしてしまった。聖地の記録がほとんど残ってないんです。歴史は語り継がれなければ、無かったことになってしまう。ルヴァ様にも言われました。令梟の宇宙が無くなったからといって、あの宇宙に生きた人たちの存在が無くなるわけではないでしょう、と。サイラスの小説や映画のようなフィクションも悪くないとは思います。でも、正しい史実も残さないといけない。たとえそれが、泡沫の歴史だとしても」

 きっと、私の瞳は情熱の炎で燃えている。解釈違いほど、創作意欲を掻き立てるものはない。

「……具体的には」
「本を作ります。令梟の民が、自分のルーツを知ることが出来るような歴史書を」

 言い切ってカクテルを飲み干した。つられて、シュリもグラスに残った蒸留酒を煽る。

「本、か。まあ悪くないんじゃないか。それで、お前は俺に何を望む?」

 察しが早くて助かる。バーテンダーにジン・トニックを二つ頼んでから、もう一度彼に向き直る。

「私の知らない、聖地の話を聞かせてください。先代の女王陛下や、守護聖達の話を」
「……あの頃の聖地は最悪だった。前の「水」の顛末を知っているだろう。お前の好むような、煌びやかで素晴らしい物語なんぞ一つも無い」

 眉間に皺を寄せて、忌ま忌ましそうにシュリが吐き捨てる。

「素晴らしいかなんて、関係ありません。統治の正当性は社会が……民が判断することです」

 カウンターに並べられたグラスを差し出して、シュリを見据えた。バースを発つ前日、あの運命のバーで飲んだのもジン・トニックだった。「強い意志」。彼との乾杯にこれ以上ぴったりのものはない。
 軽く合わせたグラスをそのまま口元に運び、喉を潤わせる。ライムの鋭い酸味が、高揚した精神を少しだけ冷静にさせた。

「でも……偉そうなことを言いましたけど、本当は、誰かに覚えていてほしいだけなのかもしれません」

 興奮して赤く染まった頬を隠すように、耳元のピアスに手を伸ばした。指先がシルバーの曲線を伝って、蒼い宝石に触れた。「髪の色と合わせてるんだ? 似合ってるね」そう褒めてくれた、親友の顔が目に浮かぶ。

「あの子が愛した宇宙のことを。そして、私達の今の生きざまを」

 *

「色々なことを、話してくれました。先代の女王には子供扱いされていたとか、前任の守護聖との引き継ぎに苦労した話とか。それこそ、歴史書にはとても書けないような事も沢山」
「興味深いね。守護聖と女王の禁じられた恋路? 追放された守護聖の話? それとも、次元の狭間に消えた研究員? 是非詳しく聞かせてほしいな」

 デリカシーのない店主の発言に、思わず舌打ちをしそうになる。シュリの癖がうつってしまったようだ。

「そうですね……とある守護聖のお披露目で、別の守護聖がその人を殴りつけて式典が中止になった話、しましょうか?」
「えっ! お披露目って……女王の御前で?」
「やばくね? 何したの、その人」

 驚愕と非難の交ざった声があがり、ロレンツォは降参、とばかりに両手を軽く上げた。

「やめておこう。静かな夜に相応しい話題ではなさそうだ」
「ロレンツォ、まさか……まぁいいか。今は、それよりも――」

 アンジュは伴侶に睨みを利かせた後、カウンターに広げられた調査書に改めて目を落とす。

「これ、ホントなのかな……だって、シュリさん、全然元気だったじゃん」

 信じられない、と懇願するように呟いて、カナタは書類から目を背けた。

「それは……」

 カナタ自身が一番感じているはずだよ、とは言えずにアンジュは口を噤んでしまう。優しい子。こういう時、後を引き取るのは私の役目だ。

「この時期を境に、炎のサクリアが一時的に激減しているでしょう。オスカー様がシュリを感知出来なくなったと仰ったタイミングと一致しているわ」
「そ……んなの、偶然かもしれないじゃん。誰も、確認してないんでしょ? だったら」
「いや。オスカー様のお言葉は正確さ。シュリの中にオスカー様のサクリアが在ったからね」

 食い下がるカナタをロレンツォが制した。

「は? どういうこと」
「サクリアの急激な消失への一時的な対処……つまり延命措置として、オスカー様がシュリにサクリアを分け与えたんだ。それが器を失って霧散したのであれば、嫌でも判るだろう」

 カナタが目を見開く。

「……何それ。延命措置? オレ、そんなの知らない。いつの話? 聞いてないよ、何も」
「君とゼノが、ヴァージルに頼まれて辺境の星にメンテナンスに行ってた時にね」
「貴方には、絶対に知らせるなと」

 何それ。同じ言葉を繰り返して、私とロレンツォの顔を交互に見つめたあと、縋るようにアンジュに問い掛けた。

「ゼノ……そうだ、ゼノは? 知ってたの?」
「私からは伝えてない……でも、ゼノの立場なら、多分」
「っ――そっか……また、オレだけ知らなかったってこと」

 カナタは寂し気な笑顔を見せた後、顔を歪ませてそっぽを向く。

「あのね、カナタ……シュリは貴方に」
「わかってるよ! そんなこと、オレだってさ、わかってるんだよ……」

 伸ばした手は冷たく払われる。情けなく彷徨う私の手を、アンジュがそっと握ってくれた。

「カナタ。来なさい」

 嗚咽が小さくなったのを見計らって、ロレンツォがカナタを連れて店の奥に向かった。サクリアが濃く残っている遺物を保管するためのキャビネットから、何かを取り出している。幾重にも鍵をかけて封印しているから、私は中身を直接見たことは無かった。
 先に戻ってきたのはカナタだった。何かを大切そうに抱えている。

「これ……シュリさんの」

 震えた手が見慣れた腕時計を差し出した。表面に無数の傷はあるものの綺麗に磨き上げられているし、時間も合っている。ロレンツォがこまめに手入れをしていたのだろう。時計を包んでいたクロスで軽く拭いてから、ゼンマイを巻いてやる。

「なんか手慣れてるね? 時計好きだったの?」
「私じゃなくて父がね。カナタ、左手ちょうだい」

 黙って私の手元を見つめていたカナタは、一瞬びくりと表情をこわばらせたが、アンジュに掴まれるままにおずおずと手を出した。

「あら? ベルト、丁度良いわね」
「シュリって意外と手首細かったのかな?」
「そんなわけないだろう」

 ウィスキーのボトルとコーヒーポットを携えたロレンツォが現れて、呆れた様な声を出した。

「君に合わせて調整しておいたんだよ」
「……ロレンツォさんが?」
「まさか」

 だよね、とアンジュが肩をすくめる。 

「シュリは、ちゃんと君に遺していったんだよ。これもね。せっかくだから、献杯といこう」

 秘蔵の酒だそうだ、と目の前に置かれたのは琥珀色の蒸留酒だった。どこかの星で手に入れた年代物だろうか。

「……それ系のお酒、まだ、その、あんま慣れてなくて」

 味とかわかんないんだけど、とカナタは気まずそうにしながら、瓶を受け取る。

「これ……日本語だ」
「え? ほんとだ。わざわざ取り寄せたってこと? シュリが?」
「だろうね。いつかカナタと飲もうと大事に取っておいたんだろう。今日は少しだけ使うから、残りは、味のわかる大人になってから飲むといい」
「また子供扱い」

 ロレンツォの視線を嫌って、カナタはカウンターに突っ伏した。その頭をロレンツォがポンポンと叩くが、すぐに鬱陶しそうに払い除けられる。嬉しいのか、怒っているのか、おそらくその両方だろう。髪の毛の間から赤く染まった耳が覗いている。

「なんというか、うちの男たちって……」
「ええ……本当に、不器用だわ」

 私たちの批評に「手厳しい」と苦笑を零してから、ロレンツォは手際良く四人分のホットコーヒーをサーブしていく。カップの縁に掛けたティースプーンに角砂糖を乗せて、ウイスキーを注いだ。

「カフェ・ロワイヤル……一期一会、ね」
「御明察。ギムレットといきたいところだが、『ギムレットには早すぎる』だろう? さ、暗くするよ」

 店の照明が消えた。同時に、ロレンツォがカウンターの小さなランプに火を灯す。そのまま四つのスプーンにも火種を移していく。
 小さな蒼い炎がコーヒーカップの上でゆらゆらと踊り始めた。微かな破裂音は、まるで命が燃える音だった。その音が途絶える前に、そっとスプーンを傾ける。幻想的な蒼い炎は褐色の液体に飲みこまれる直前、ほんの一瞬だけ大きく赤く燃え上がって、そのまま静かに沈んで消えた。
 隣に座るカナタが起き上がった気配がした。

「一期、一会……」

 物憂げなまなざしで、消えゆく炎を見つめている。そのうち、溢れた涙が頬を伝って、カウンターにいくつもの染みを作った。

「我らが炎の守護聖に」

 軽くカップを掲げ、口元に運ぶ。豊饒な風味が焙煎の香りと交ざって鼻に抜けた。ゆっくりと飲み込むと、唇から舌に、喉を通って胸の奥へと熱が伝播していく。
 ロレンツォが続ける。

「そして――偉大なる探偵助手(きみのあいぼう)に」

 彼にしては珍しく、その声には明け透けなまでに感傷が込められていた。

 
 夜が更けていく。腕時計が時を刻む音以外、何も聴こえなかった。静寂と裏腹に、腹の底が熱い。託された炎は、熾火のように熱く、静かに、いつまでも私の中に疼いていた。





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