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おや、そこの方。こちらの店にご用ですか。
奇遇ですね。私もです。少々入りにくい店構えですが、入ってしまえば意外と寛いで過ごすことができると思いますよ。店主の気分次第で、とは申し添えておきますが。
それでも扉を開ける勇気が出ない?
そう仰るのなら、微力ながら私がお手伝いしましょう。あなたは大事なお客様とお見受けしますから。
おっと、ボヤボヤしてると日が暮れてしまいますよ。
店主の淹れた熱いコーヒーが冷めないうちに、共に参りましょうか――
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最近、男は妖精と二人暮らしを始めた。
本当に妖精かと問われると、自信はない。そう彼は答えた。
久々に訪れた裏路地の市場で、彼が「そこそこの金と時間を持て余している無職独身」だと知っている商人に押し売りされたからだ。鑑別記録もなければ同定書もない。ついでに言えば、男はその妖精とやらの姿を見たことすらなかった。
「幸福の妖精だとか。今までの持ち主はみな、大願を成就させたって話で」と見せられたアンティーク調の鳥籠には、その売り文句の胡散臭さを補強するかのように、純白のレースが幾重にも被せられていた。
「一攫千金も夢じゃないって? 最高だねぇ。俺なら売らないで自分で愛でるけど?」
「そうしたいのは山々なんですけど……聞いたことのない言葉を喋るから、気味が悪いってもんで。お安くしますよぉ」
商人はわざとらしく声を潜めて「妖精の言葉、あんたなら理解(わか)るんだろう? だってあんたは……」と嫌らしい笑いを浮かべた。
男は一瞬言葉に詰まったあと、「こんなくたびれた中年に、何を期待しているんだか」と気怠げに無精ひげを撫でた。無造作に伸びた髪と皺の寄ったシャツを見せつけるように、くるりと背を向けるが、厭世家らしさを強調した男の努力も空しく、商人は無慈悲に鳥籠を押し付けた。
書斎の机に鳥籠を置いて小窓を開けた。鋼製の檻は冷たく、華奢な見た目に反してずっしりと重い。細やかな意匠を凝らした工芸品の対価と思えば、商人が提示した金額は確かにはした金ではあった。
吹き込んだ風が目隠しのレースを小さく揺らしている。たっぷりと重ねられた繊細なレースは花嫁の纏う純白のヴェールか、姫君の閨の天蓋か。ともかく、自分のような凡人ごときが触れて良い代物ではない、という気分にさせられる。
自分のような……といえば、さっきは危なかった。あの商人、確実にこちらの素性を知っている。口を滑らせた覚えはないが、たかが商人と舐めて掛かるのはやめた方が良いだろう。
「面倒ごとは御免だし、しばらく大人しく……って、まるでミステリの第一被害者のセリフじゃないか。縁起でもない。いや、むしろ主人公ってパターンも……? お前、どう思う?」
妖精とやらに問い掛けるが、返事どころか目隠しのレースすらぴくりとも動かない。
好奇心旺盛なそよ風がどうにか捲り上げてはくれないものか。男は椅子に腰を下ろし、しばらく遠巻きに眺めていたが、今日の風は乙女の秘密を暴く勇気はないらしい。
「そういえば、世話の仕方も何も聞いてないな。こいつ、何食べるんだ?」
おおかた、人の言葉を真似る鳥に他言語を仕込んだのだろう。ペットショップでエサを見繕ってもらうとして――とりあえずは、水か?
『いらない。かわりにあなたの望みを聞かせて』
キッチンに向かう男の耳元で何かが囀った。ぎょっとして振り返ると、いつの間にか鳥籠の扉が開いて、レースの覆いも捲れあがっている。
右肩に気配があった。反射的に手で振り払うが、何かに触った感触はない。頬の近くを素早く横切ったような空気の流れを感じたが、視認が出来ない。
男は、見えざる妖精を捕まえることを早々に諦め、抽斗(ひきだし)から翻訳機を取り出した。
さっきの発音、冒頭だけは聞き取れた。おそらく否定を示す言葉。似たような響きを聞いたことがあったはずだ。思い出せ。
「確か……前代の故郷の……」
類似した言語がインプットされていれば、そこから言葉と文法を推測していけば良い。ぶつぶつと独り言を唱えながら、年季の入ったデバイスをいじる。
「これか。ええと……君、は、妖精?」
たどたどしい言葉で、彼は虚空に話しかけた。ややあって、答えが返ってくる。
『n@G聯l■a”dR*ー』
音と認識はできるが、言語として検知できない。どうしたものか、と男が考え込む。すると、それはまた別の言語で言葉を発した。
『あ……な、たの望みは?』
それ以来、男はこの妖精と暮らしていた。妖精本人から妖精だという宣言がないので、呼び名は便宜上の仮称だ。
確かに、望みが叶うようになった。といっても、大したものではない。いつも固くて難儀する瓶の蓋が簡単に開けられたとか、猫の集会に出くわしたとか、酒が無くても眠れるようになったとか。そんな些細な幸運が、立て続けに舞い込んだ。
日々、妖精は彼に問いかける。『本当の望みは?』と。「特にない」そう答えると、不満そうにレースの覆いをバタバタと揺らした。
「……望みなんて、持たないほうが楽なんだよ」
決まって、彼は唱えた。
一人と一匹の生活はしばらく続いた。試しに手を出したギャンブルが散々な結果に終わったところで、この妖精について、男は一つの確信を得た。
男は古都と呼ばれる歴史ある街を歩いている。以前職場で聞いた、「不思議を集める」「探し物が見つかる」「都市伝説に強い」、そんな謳い文句の店に向かっていた。
先に訊ねた「怪異専門探偵事務所」はもぬけの殻で『移転しました』という張り紙にぶら下がっていたのは、噂の店と思わしきショップカードだった。思わぬ繋がりに何かの強烈な意志を感じ――「前職」ではよくあったことだ――男は少しの不安と星屑程度の期待を抱きながら、目的地を変更した。
人通りも生活の匂いもない閑散とした街並みを、カードに書かれた大雑把な地図を頼りに歩き続ける。道が判らなくなったときは、妖精が騒ぐほうへ進めばよかった。小一時間彷徨って、いい加減腕と足が悲鳴を上げ始めたころ、古めかしい建物が立ち並ぶ裏路地に辿り着いた。色褪せた屋根、蔦に侵食された壁。壁だけでは飽き足らず、街路樹までをも蔦が飲み込みかけている。
――まるで、ある一点で歴史が止まってしまったかのような。
都市伝説に強い、というよりも、店そのものが都市伝説ではないのか。うすら寒くなった男は鳥籠を両の腕に抱きしめ、なるべくゆっくりと足を進める。そうして辿り着いた袋小路の最奥に、目的の店はひっそりと存在していた。
目印らしき梟のドアチャイムも地図上のマークと一致している。元々店として建てられたものではないようで、ショウウィンドウも覗き窓もなければ看板すらもなく、中の様子を伺い知ることはできない。
一応、重厚な木製のドアについたランプが灯っているから「営業中」ではあるらしいが、そもそも店かどうかも確信はない。まごつく男を急かすように、鳥籠が激しく揺れる。
男は恐る恐る、人差し指でドアノブに触れる。扉が開く気配はない。今度はドアノブを軽く押し下げる。モーター音は聞こえない。まさか、この主星に完全手動の扉が残っているとは思わなかった。重たい上に建て付けが悪いのか、手の力だけでは進まない。全体重を預けて押し開けると、たかが扉一枚に苦戦する男を嘲笑うようにカランカランと能天気に梟が鳴いた。
「こんにちは」
どこかから凛とした女の声が聞こえた。窓のない店内は薄暗く、いくつかのランプが淡い光を放っているだけで、声の主の姿は見えない。男は暗順応を待ち、店内を進む。カウンターから姿を現した女性店員の顔を見て、息を飲んだ。
妖精が飛び出してまとわりついたのか、彼女の髪がふわりとそよいだ。柔らかな薄紅色と、その奥の蒼い瞳が露わになる。勘違い。他人の空似。あるいは子孫。いや、そもそも幻覚かも。そうであってくれ――。
「いらっしゃい」
思考を巡らせていると、突然、真後ろから声がかけられた。あの重い扉が音もなく開いている。差し込んだ陽の光を後光のように背負った男性は、驚きで声も出せない客から鳥籠を取り上げた。逃がさないよ、と言わんばかりに。
「どうしてここへ?」
カウンターに鳥籠を置き、男性が――この店の店主であろう――が尋ねる。空気を震わせる、低く深い声だった。
「もっと行くべきところがあっただろう? だって君は――」
全てを詳らかにせよと迫る紫の瞳に気圧され、客の男が観念して口を開こうとしたところで、「ダメですよ」と女が店主の肩を掴んで座らせた。
「ごめんなさい。この人いつもこうで。何でもかんでも追及しないと気が済まないの。悪い癖」
「おや、心外だな。暴くのは君の」
「黙って?」
店主は満更でもなさそうに口の端を歪めてから、改めて彼に着席を促した。
男は妖精との一部始終を語った。妖精との出会い。妖精が叶えた慎ましい望みの数々。妖精は行き場を失ったサクリアの集合体であること。そして、「不思議な店がある」と噂を聞いて訪れたということも。
「サクリアは人々の希求に呼応するもの。でも、サクリア自体は願いを察知する力を持っていません。だから、これは自ら望みを問うのだろう、と」
「うん。おそらく、君の推察は正しい。でも、これの正体が判っているのなら」
長い指が滑らかな手つきで閂を外す。檻から解き放たれたそれは、空を切って店の中を、正確に言うと、店主の隣に立つ女性の周囲を飛び回る。妖精の姿が見えているのだろう、彼女は虚空に手のひらを差し出して聖母のような微笑みを浮かべた。
「今の話を研究成果としてまとめて、王立研究院(まえのしょくば)に戻ればいい」
「っ……覚えて、いらしたんですか」
勿論、と店主が頷く。
「聖地勤務の研究員の顔と名前は全て記憶している。みな、大事なパートナーだからね」
コーヒーを差し出して、店主はウィンクを飛ばした。光栄です、と答えて男はカップを口へ運ぶ。あの頃もランチミーティングの度にコーヒーを振る舞われていた。傍らにあるサイフォンは、女王候補時代の陛下からの贈り物でね、と惚気られたものと同じだろうか。
男がシャツの首元を軽く緩める。意を決したように深く息を吐き出してから、口を開く。
「神鳥への統合を機に、故郷に視察に行ったんです。内心、ちょっとした凱旋気分で」
「あぁ。女王自身が推奨していたね。喜ばしい体験になるかは人によるだろうけど」
「ええ、まあ、お察しの通りで……誰も、居ませんでしたよ。家族も知己も、墓も……彼らの、そして自分自身の存在した記録すら無かった。そんなこと分かっていましたけどね。いえ、分かっているつもりでした。そりゃあ、仮にも長年、王立研究院に勤めていたんですから」
自嘲気味に嗤い、芝居がかった口調で言葉を続ける。
「仕方ない、覚悟してただろう、選ばれたんだから、諦めなさい――そんなセリフを嫌になるほど吐いてきたんですよ、俺は。でも、実際に目の当たりにすると」
コーヒーカップを握りこんだ男の指が小さく震えている。それを無理やり引き剝がして、ゆっくりとカウンターに手を着いた。
「貴女たちが命がけで救った宇宙が、途端に無価値なものに思えた」
店主と女は、無言で耳を傾けている。その顔にはどんな感情が浮かんでいるのだろう。俯いた男にはわからなかった。
「結局、自分はただの凡人だったんです。それを自覚した途端、責任の重さに耐えきれなくなって逃げました。仕事も生活も恋人も、全て投げ出して、ろくな引き継ぎもせずに。だから、今更……同僚(なかま)達に合わせる顔なんてありません」
「……今の私たちは、あなたに傅かれるような立場ではないですよ」
顔を上げてください、と微笑む女は玉座にいた頃と変わらず、美しかった。
――変わらず、美しい?
彼らが神鳥の聖地から降ったのは、自分が出奔するよりもずっと前だったし……何より、星々の移転でサクリアを使い果たしたのではなかったのか? 下界(こっち)は、あの時から何年経った? 男の瞳が不安げに揺らいだ。
「陛下……いえ、アンジュ様、ロレンツォ様。貴方達は、ここで一体、何を?」
「長い神鳥の歴史において、宇宙の移動というのはそう珍しいことではないそうだ」
店主が空になったカップに新たなコーヒーを注ぎ足した。実際、現在の宇宙も、現女王の就任時に生み出された新しい宇宙であるという。
「が、元々ある宇宙に別の宇宙を統合させる、というのは例を見ない試みだった」
ミルクが注がれる。漆黒と乳白色が拡散して混ざり合った。
「リスク検証には君も携わったね」
「はい。最も危険視されていたのは移動時の重力干渉ですが、亜空間を経由し、一時的な緩衝帯として利用することで解決しました」
カップを受け取った男はシュガーポットから星型の砂糖を取り出して、薄茶色の液体に落とした。深煎りの苦みにもう少し甘さが欲しくなり、更に一粒放り込む。
「両研究院の尽力で、諸々の懸念はほぼ解消しました。ですが、私達のサクリアだけは……」
女が俯いた。組んだ手は、固く握りしめられている。
「令梟の宇宙の延命と、大移転でほぼ使い果たした、と聞いておりましたが……」
「それがね、神鳥の陛下のお力は強大で、意外と残ってしまったんだ。だが、それを知られると方々に気を遣わせるだろう?」
「まさか……本当に……」
優れた研究者でもあった女王補佐官が、シミュレーションを行った。だが、何千回の試行をもってしても、計算結果は覆らなかった。
――その身に宿すサクリアが消えるまで、彼らは何百年、何千年と生き続けるでしょう。
男は冷めきったカップを煽る。冷えて析出した砂糖が舌に残って、ジャリ、と嫌な音を立てた。
「まあ、我々の体のことは大したことではない。問題は、宇宙に広がったサクリアだ」
大問題だ、と口を挟む隙は与えられなかった。
「私達のサクリアが徐々に拡散して消失していく過程で、こちらのサクリアと反発したり、局地的に飽和してしまうことが判りました。様々なトラブルが各地で起き始めています」
いつのまに戻ってきたのか、妖精が自己主張のように鳥籠のレースを揺らした。「あなたみたいな可愛らしいトラブルで済めばいいんだけど」と女性がそれを撫でる。
「ある程度は、予想されていたことだがね。ここは、令梟のサクリアが起こす様々な事象の調査・研究を行うラボだ。彼女の私設機関ということになっているから、君が知らなかったのも無理はない」
物が溢れる店内を見廻した男は、困惑の視線を店主に向けた。
「サクリアに関係のない物も沢山持ち込まれるんだ。だからといって、調査もせずに馬鹿馬鹿しい、と切り捨てるわけにもいかないだろう?」
店主のうんざりしたような口ぶりに、男の顔に同情の色が浮かぶ。
「あの、それは……お疲れ様です」
「全くだ。この前は、時の流れを操る時計、なんてものもあったよ。……人生をやり直せると言われたら、君ならどうする?」
「研究者としては、試しますけど。でも、俺なんかの人生を巻き戻したって宇宙の運命は変えられませんから」
万馬券でも買いますよ、と笑う。妖精を信じて財布をすっからかんにしたあの日に戻るくらいなら、バチも当たらないだろう。
「とはいえ、ホンモノが持ち込まれることもありますし、ここのことは特に秘密にするつもりはないんですけど。人手が足りないから、どうしてもひっそりになっちゃうだけで」
事業統合したら余剰人員が出ると思ったのになぁ、と女が口を尖らせた。
「もしかして、件の探偵事務所というのも……」
「あっちはカナタとシュリ、レイナの担当。うちの出先機関みたいな感じですね。ユエとノアはジュリアス様達のところにお世話になっています」
「ヴァージルは王立派遣軍にいて、サイラスとタイラーと……ゼノが神鳥(こちら)の王立研究院の所属になっているのは、知っているだろう?」
「はい。では、ミラン様とフェリクス様はここに?」
「いいや。それぞれ旅をしながら、サクリアの対処をしているよ。ほら」
指し示された壁には、いくつかの風景画が飾られている。独特の色彩感覚を活かした画風には見覚えがあった。
「あのぅ、失礼ですが、皆様……意外と、楽しんでらっしゃる?」
「長い人生だからね。刺激は必要だろう」
神鳥の宇宙は、令梟とは比べ物にならないほど安定している。たとえ令梟のサクリアが何か不具合を起こしたとしても、各地の研究院や王立派遣軍が各々対処し、解決してしまうだろう。神鳥の守護聖や女王が直接手を下さなくとも、この宇宙はそれなりに上手く回っていく。長い歴史の中で、そういうシステムが出来上がっている。それは、男が無力感を抱いた理由の一つでもあった。
だからこそ、「令梟の守護聖は失職」と言われていたのに。この人達は、わざわざ役目と責任を背負いなおしたのか。
「ワーカーホリック……」
男の不敬な言葉に、店主達はにこやかに微笑んで見せた。
「ということで、どうかな、君。古巣に戻る気が無いなら、うちの外部調査員というのは。定期的に調査報告書を送ってくれるだけで構わないから」
「お給料は前職年俸の六割、残業代無し、別途成功報酬でどうでしょう。あと、このレースは買い取らせてもらえる?」
畳みかけるようなスカウトと提示された金額に圧倒され、男は頷くより他なかった。これはせめてコーヒー代として……と鳥籠から外したレースを差し出した。
もう少し経費を抑えたほうが、と言おうとして口を噤んだ。懐かしそうにレースを撫でる元女王とそれを眺める元守護聖の表情から、それが彼らにとって特別な何かであることは明白だった。
とんとん拍子に再就職が決まり、「満足したらそのうち霧散するだろう」と悪霊のように言われた妖精と男の共同生活も続くことになった。
「え。これ、回収してくれないんですか?」
「本人に離れる気が無いなら仕方ないだろう。使いようによっては、調査の役に立つかもしれないし」
「そうですね。サクリアの歪みや澱みもその子が教えてくれるでしょう。ただ、ずっと鳥籠の中にいるのは嫌みたい」
いや、お前勝手に出て来てるだろ、と情けなくボヤいて、男は入り口の扉に手をかけた。扉は拍子抜けするほどあっさりと開いた。軽やかなドアチャイムの音が、茜色に染まる街に響いて消えた。
『ねえ、望みはみつかった?』
「そういえば、そんな触れ込みの店だったなぁ」
顔の周りをヒュンヒュンと掠める風切り音が耳障りで、男は顔を顰める。
「お前ねぇ……本当に消える気あるの?」
『多分。そのうち。あの人たちもそう言ってた』
「そのうち、って……」
悠久の時を生きる彼らの「そのうち」がどれほどのものか。考えるだけで眩暈がする。
「まぁいいや。ほどほどのとこで成仏して。それが当面の望み」
彼の答えに満足したのか、いい加減はしゃぎ疲れたのか。キィ、と小さな音を立てて鳥籠の扉が閉まった。
ふと、来た道を振り返る。静寂の街には暗闇が迫っていた。あの店ももうじき飲み込まれるだろう。
「折角出られた檻にまた戻るなんて、俺ならお断りだけど。流石、主役は違うねぇ」
ヒュっと短く吹いた口笛は、妖精の羽音のようだった。
店先の仄かな灯りが消えるのを遠目に見届けて、一人と一匹は再び家路についた。